ネーミングに関する基礎知識
ITサービスのネーミングは、単に覚えやすい名前やかっこいい名前を付ければよいわけではありません。SEOやAI検索での識別性、商標・ドメインの取得状況、将来的なサービスのアップデートやピボット、海外展開まで考慮して設計する必要があります。
また、近年の米国スタートアップでは抽象的なサービス名や人名を使ったネーミングが増え、AI関連サービスでは「.ai」ドメインの利用も広がるなど、新たなトレンドも生まれています。一方で、一過性の流行やバズワードに寄せすぎると、数年後に古い印象を与える可能性もあります。
本記事では、ネーミングの基礎知識からITサービスならではのポイント・注意点、最新のネーミングトレンドまで詳しく解説します。サービス名にAIを入れるべきか、SEOを考えるならキーワードを含めるべきか、社名とサービス名は統一すべきかといった疑問にもお答えします。
ITサービスのネーミングのポイント・注意点
ITサービスのネーミングを作成する上でのポイントと注意すべき点を解説します。
SEO・AI検索を考慮する
ITサービスのマーケティングにおいて、インターネットが主要な顧客接点です。そのため、サービス名を決める際には、SEOや検索広告、近年普及が進むAI検索まで考慮する必要があります。
既に同じ名前や似た名前のサービスが存在する場合、検索結果で競合するだけでなく、ユーザーが別のサービスと混同する可能性があります。検索広告を出稿する際にも、本来競合する必要のない企業やサービスとキーワードが重なり、クリック単価の上昇につながるケースも考えられます。
また、SEOでは「指名検索」が重要です。指名検索とは、企業名やブランド名、サービス名などを直接検索することを指します。認知度が高まるほど指名検索も増えるため、検索しやすく、覚えやすい名前であることが理想です。特にスマートフォンから検索されることを考えると、名前の長さだけでなく、フリック入力やローマ字入力のしやすさ、変換時に別の単語が表示されにくいかといった視点も求められます。
さらに、ChatGPTやGeminiなどのAI検索の利用が広がる中、サービス名の「識別しやすさ」はこれまで以上に重要になっています。同名・類似名のサービスや企業が複数存在すると、AIが情報を混同し、別サービスの特徴や情報を誤って結び付ける可能性があります。
SEOやAI検索に強いパープレンスのネーミングサービスはこちら→
アップデートやピボットに対応できるようにする
ITサービスは、他の業種と比べてサービス内容のアップデートや事業のピボットが起こりやすい傾向があります。
例えば、店舗型ビジネスで「カフェとして開業した3カ月後にピラティススタジオへ業態転換する」といったケースはほぼありません。一方、ITサービスでは、当初提供していた機能からターゲットや用途が変わり、数カ月後にはまったく異なるサービスへ発展することも珍しくありません。
そのため、特定の機能や用途に限定しすぎたサービス名を付けると、事業を拡大・変更した際に、名前と実際のサービス内容が一致しなくなる可能性があります。
将来的なアップデートやピボットを想定し、ある程度の拡張性を持たせたネーミングが理想です。ただし、抽象度を高くしすぎると「何を提供するサービスなのか分からない」という問題も生じます。サービス名そのもので全てを説明しようとせず、タグラインやロゴ、ブランドメッセージと組み合わせながら、拡張性と分かりやすさのバランスを取ることが重要です。
一過性のトレンドに寄せすぎない
ITサービスのネーミングにも、その時代ごとのトレンドがあります。
例えば、一時期は「-ly」のような特定の接尾辞を使ったサービス名が多く登場しました。しかし、流行しているネーミングパターンを安易に取り入れると、数年後には「ひと昔前のサービス」という印象を与えてしまう可能性があります。
また、その時々のバズワードをサービス名に取り入れる場合にも注意が必要です。現在であれば「AI」が代表例でしょう。
もちろん、AIそのものがサービスの中核であり、ユーザーがサービス内容を理解する上で重要なのであれば、名前に取り入れることには合理性があります。しかし、「AI」という言葉は、何にでも振りかければ価値が高まる「パルメザンチーズ」ではありません。また、競合各社が同じバズワードを使用すれば、結果的に似た名前ばかりになり、差別化も難しくなります。
デバイスサイズへの対応
ITサービスに触れるデバイスは年々多様化しています。
デスクトップPCやノートPCだけでなく、スマートフォンやタブレット、スマートウォッチ、テレビなど、さまざまな画面サイズでサービス名やロゴが表示される可能性があります。
そのため、ネーミングを考える際には「文字として見たときの収まり」が重要です。
例えば、極端に長いサービス名は、小さなスマートフォンやスマートウォッチでは途中で省略されたり、UI上で不自然に改行されたりする可能性があります。
正式名称だけでなく、ロゴにしたときの視認性や略称の作りやすさ、小さな画面でも認識できるかまで検討する必要があります。
ファビコンのデザインなどはウェブサイトのクリック数に影響与えます。
先進性と分かりやすさの両立
ITサービスでは、新しい技術や革新的な仕組みを活用するケースが多いため、ネーミングにも先進性や独自性を持たせたいと考える企業が多いです。
特にスタートアップでは、顧客だけでなく投資家や採用候補者などに対しても、技術力や将来性を印象付ける必要があります。そのため、一般的な単語を避け、ラテン語やギリシャ語、造語などを使ったネーミングが採用されることもあります。
しかし、先進性を追求するあまり、「そもそも読めない」「発音できない」「一度聞いても覚えられない」という名前になってしまっては本末転倒です。
「先進的でかっこいい名前」と「誰もが読めて覚えられる名前」は必ずしも相反するものではありません。ブランドとしての独自性を保ちながら、ユーザーにとっての分かりやすさを両立させることが重要です。
海外での意味や発音、商標
ITサービスは、物理的な店舗や商圏に縛られにくく、比較的海外展開しやすいビジネスです。
積極的に海外展開する予定がなくても、ウェブサイトやアプリを公開すれば、世界中のユーザーからアクセスされる可能性があります。そのため、サービス名を決める際には、日本国内だけでなく海外でどのように受け取られるかも確認しておくことが重要です。
日本では問題のない言葉でも、他の言語ではネガティブな意味を持っていたり、スラングや差別的な表現、文化的なタブーを連想させたりするケースがあります。また、日本人には発音しやすくても、海外のユーザーには発音が難しい名前もあります。
特にグローバル展開を視野に入れている場合は、主要な展開予定国における意味、発音のしやすさ、聞き間違えやすい単語の有無などを事前に確認しておく必要があります。
商標についても同様です。日本国内で商標権を取得できたからといって、海外でも同じ名称を自由に使用できるとは限りません。進出先の国ですでに同一・類似の商標が登録されている場合、サービス名の変更を迫られる可能性もあります。
ドメインやSNSアカウントの取得状況とあわせて、将来的に展開する可能性のある国・地域の商標も確認したうえでネーミングを決定することが重要です。
ITサービスのネーミングの最新トレンド
現在のITサービスのネーミングのトレンドを米国を中心に紹介していきます。
抽象的な名前が引き続き人気
Y Combinator(YC)は、米国を代表するスタートアップアクセラレーターの一つで、これまで数多くの有力スタートアップを支援してきました。
YC企業5,500社を分析した結果1、87%がブランド化しやすい抽象的な名前を採用しており、キーワードを直接含む名前は約13%にとどまりました。この傾向は過去20年間ほぼ変わっていません。
ネーミングは主に以下のタイプに分類されます。
抽象型:36%
連想型:25%
説明型:23%
キーワード型:13%
略称型:1.5%
完全一致型:0.2%
特に多いのは、事業内容を直接説明するのではなく、ブランドの世界観を表現するだけ「抽象型」です。事業内容・価値を想起させる「連想型」が次点です。抽象型の場合、サービス名を聞いても、どんなサービス内容か全く分かりません。連想型の場合は、企業のミッションや事業の方向性はそれとなくイメージできます。
特に「Cursor」「Ramp」「Glean」「Scale」「Linear」など英単語一語が人気です。
つまり、スタートアップでは、業界キーワードをそのまま名称に入れるよりも、長期的なブランド展開や事業拡張に対応しやすいネーミングが主流となっています。
一方、SEOが主要マーケティングチャネルの場合やローカルビジネスの場合は、引き続きキーワード重視のネーミングが行われる傾向にあります。
人名が増加傾向
AIサービスのネーミングでは、ClaudeやHarvey、Devinのように、人名をそのまま採用するケースも目立っています。
AIが単なる「ツール」から、ユーザーに代わってタスクを遂行する「エージェント」へと進化する2中で、「使うソフトウェア」ではなく「一緒に働くパートナー」を想起させる、人間味のあるネーミングとの親和性が高まっていると考えられます。
しかしながら、これを日本市場に当てはめて「太郎」「賢治」「花子」「さとみ」などとした場合どうなのか、というのは別問題です。
.aiドメインが.comに次いで多い
近年、AI関連サービスを中心に「.ai」ドメインの存在感が急速に高まっています。
これまで米国のスタートアップシーンでは、希望する.comを取得できない際の代替として.ioや.coが選ばれることが多く見られましたが、.aiは単なる.comの代替ではなく、「AI関連のサービスであること」を示す目的で、あえて選ばれている点が特徴です。
YC企業では、2025年に.comが46%だったのに対し、.aiは31%を占めています。また、「○○.ai」のようにドメイン名まで含めてサービス名として認知させる場合も見られます。
一方で、AIが特別な技術ではなく、多くのサービスに標準的に組み込まれてきており、サービス名に「AI」を付けるサービス名は減少傾向にあります。同様に、現在人気の.aiについても、将来的にはAIサービスであること自体が差別化にならなくなり、現在ほど積極的に選ばれなくなる可能性があります。
なお、日本では.com以外にも.jpや.co.jpという認知度の高い選択肢があり、.aiより安価で取得できるため、米国ほど.aiへの移行は進んでいません。過去には「.me」が注目を集めた時期があったように、ドメインにもトレンドがあります。日本最大級のブログサービス「note」のドメインは以前は「.mu」でした。
そのため、流行だけで.aiを選ぶのではなく、長期的なブランド戦略やサービスの拡張性まで考慮して判断することが重要です。
IT企業・サービスに関するよくある質問
IT企業の社名とサービス名は同じにすべき?
基本的には、特にスタートアップや単一サービスを展開する企業であれば、社名とサービス名は同じにすることをおすすめします。
顧客に覚えてもらう名前は、できるだけ少ない方がブランド認知を集約しやすいためです。社名とサービス名が異なると、それぞれを認知してもらう必要がある他、商標も別々に取得する場合は、その分コストがかかります。また、採用活動においても、知名度のあるサービス名と会社名が異なることで、企業としての認知が分散する可能性があります。
複数のサービスを展開する場合は、「商標を取得した社名+一般名詞」でサービス名を展開したり、「サービス名 by 社名」のように企業ブランドとのつながりを明確にしたりする方法もあります。
そもそもスタートアップの初期段階では、経営資源を分散させず、一つのサービスに集中すべきと考えます。これから会社を設立して新しいサービスを始めるのであれば、まずは社名とサービス名を統一する方法を検討するとよいでしょう。
将来的に複数事業を展開するコングロマリット型の企業へ成長した場合、その段階で持株会社化や社名変更を行うという選択肢もあります。そのため、将来の多角化を想定して最初から社名とサービス名を分けるよりも、初期段階ではブランドを一つに集中させる方がメリットは大きいと考えられます。
サービス名に「AI」を入れた方がよいですか?
必ずしも入れる必要はありません。筆者は、日本においてもAIが多くのサービスに標準的に組み込まれる存在になりつつあるため、あえてサービス名に「AI」を入れなくてもよいと考えています。
今後、AIの活用が当たり前になれば、サービス名に「AI」と付けることで、かえって一昔前のネーミングに見えたり、野暮な印象を与えたりする可能性もあります。
また、AIはあくまでも顧客の課題を解決するための手段です。ネーミングにおいても、「AIを使っていること」ではなく、「顧客がどのような価値や利得を得られるのか」に焦点を当てる方が、長期的なブランド構築には適しているでしょう。
SEOの観点でも注意が必要です。例えば、ユーザーが「サービス名+AI」と検索する場合、そのサービスに搭載されているAI機能について調べたい可能性があります。しかし、サービス名自体に「AI」が含まれていると、「サービス名+AI」という検索クエリがブランド名そのものと重なり、AI機能を紹介する個別ページなどを検索結果で適切に上位表示させにくくなる可能性があります。
AIがサービスの中核であり、「AIサービスであること」自体が顧客にとって重要な判断材料である場合を除き、安易に「AI」をサービス名へ入れないという選択肢も検討する価値があります。
SEOを考えるならサービス名にキーワードを入れた方がよいですか?
SEOを重視するのであれば、ユーザーが実際に検索するキーワードをサービス名に含めることには一定のメリットがあります。ただし、キーワードを含めただけで検索順位が上がるわけではないため、ネーミングにおける最重要項目とまではいえません。
特に日本市場において、英語のサービス名を付ける場合は、日本語の検索クエリと名称が一致しないことが多いため、キーワードをサービス名に含めるSEO上の効果は限定的です。一方、英語圏では検索クエリ、サービス名、ドメイン名のすべてが英語で一致しやすいため、キーワードを含むネーミングが検索上のメリットにつながる場合があります。
一方、ローカルビジネスでは、キーワードを含むネーミングの重要度が比較的高くなります。例えば、新宿にある整体院が「新宿整体院」という名称であれば、「新宿 整体院」と検索するユーザーに対して、サービス内容とエリアの両方を名称から明確に伝えられます。
そのため、SaaSやITサービスのように長期的なブランド展開や事業拡張を重視する場合はブランド性を優先し、地域名や業種名で検索されるローカルビジネスではキーワードを重視するなど、ビジネスモデルに応じて判断することが重要です。
